米国の経営学者マイケル・E・ポーターは「競争戦略論」などの一般の方向けの書籍などで、「ファイブ・フォース」などのフレームワークを提示し、企業の経営戦略に大きな影響を与えました(「ファイブ・フォースを実務や株式運用に正しく活用する方法については「ファイブ・フォースを有効活用するには?」をご覧ください)。
ファイブ・フォースはその背景をきちんと理解したうえで用いれば、引き続き有効なツールです。ただし、近年の経営学ではポーターの経営戦略のなかで語られる産業障壁や企業の差別化による収益性拡大がどの程度まで効果があるのかの実証研究が進められていており、いくつか効用と限界が指摘されてきています。
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企業の収益力は産業や企業の参入障壁でどの程度説明できるのか?
企業の収益力は産業における参入障壁や企業の差別化が大きく影響を与えるというのがポーターの指摘の骨子です。それは現在も正しいです。ただ、全てがそれで説明できるかといえばそうではありません。ポーターの指摘からいくつかの分析結果がでています。
なお、近年の経営学の研究成果については、早稲田大学教授の入山章栄「世界標準の経営理論」がたいへんよくまとっており、以下の内容も同書籍からその多くを参照しています。関心のある方はぜひご一読ください。
まずは米国経営学者のリチャードルメルトの1991年の論文です。同論文では、米国企業の収益率を用いた分析ですが、産業効果(どの産業にいるかで説明できる部分)は約2割程度、企業固有の効果は約8割となっており、企業固有の効果の方が大きいという評価でした。
その後ポーターも1997年の論文で分析結果を公表しており、その分析結果は産業効果は約4割、企業固有の効果は6割となっています。日本企業のデータを用いた分析結果としては、福井・牛島が2011年に論文を公表しており、産業効果は1割未満、企業効果は約7割説明可能としています。結果はまちまちですが、そのインプリケーションは産業障壁で説明できる部分は確かにあるけれども、それだけではすべては説明できないようです。
そうした中で、産業ではなく戦略グループ単位で評価をする動きも進んでいます。戦略グループというのは、産業で区分けするのではなく、同様の戦略をとっているプレイヤーを一つのグループとみなし、その中での優位性で評価するというものです。
戦略グループによる分析例としては、リーガー&ハフの1993年の論文やマクナマナ他による2002年の論文があります。前者は企業がライバル企業と思っているところでグループ化すると、そのグループ間の収益は非常に近しくなるというものです。後者は、企業のなかでライバル企業をより多く上げた企業ほど収益が高くなるというものでした。
「ファイブ・フォースを有効活用するには」でも触れましたが、産業という決まった枠組みではなく、企業グループ単位など複層的な切り口で評価をしていくことが重要です。
持続的な競争優位は本当に可能か?
またポーターの競争戦略のなかでは、「差別化」あるいは「規模の経済」による持続的な競争優位性を築く戦略(「ジェネリック戦略」)に触れています。実際に「差別化」や「規模の経済」は企業の競争優位を促し、収益拡大に繋がることは間違いないでしょう。
一方で近年のグローバルな競争激化や目まぐるしく変わる競争環境の変化を考えると、本当に持続的な競争優位は保たれるのでしょうか?リタ・マグレイスは「競争優位の終焉」で指摘していますが、競争力が本当にある企業というのは、「持続的な競争優位」ではなく、競争優位はどんどん失われてしまうので、「連続して競争優位を生み出し続けている」としています。実証研究でも、ウィギンズ・ルエフリの論文で、業績が悪化してもすぐに新しい手を打って業績を回復する企業が増えているという指摘があります。
競争環境が変わる世界でもポーターの競争優位の戦略は活用可能
以上のように、「ファイブ・フォース」に代表されるポーターの競争戦略のフレームワークは、現時点の産業構造が変わらないことが前提になっており、外部環境が変化する世界では使いにくい面があるのではないか、という意見もあるかもしれません。
ただし、ポーターの競争戦略は今も経営戦略を考える軸の一つになりうると考えます。なぜなら現時点の産業構造を前提にするとなかなか戦略には結びつかないかもしれませんが、将来の構造変化を見据えた上で戦略構築をすればいいからです。
「ファイブ・フォースを有効活用するには?」でふれた通り、1年後、5年後、10年後の将来がどうなりそうかを描いて、その時点のファイブ・フォースを構築し、競争優位性を図れる分野で「差別化」を図っていくことが大事です。
将来の構造変化は読めない、という声があります。それは半分は正しいですが、半分は思考停止になっている可能性があります。これまでも様々な研究機関で将来像を描いていますし、現在も将来見通しに対する様々な書籍がでています。
もちろんそうした将来像は異なる結果になっているケースはままあるのですが、実は大きな方向性自体はあっていることが多いです。大事なことは、ファイブ・フォースの将来イメージを構築してみることによって、現在の世界観では見えてなかった脅威・機会が見えてくると思います。
ポーターの経営戦略の効用と限界を理解して正しく用いることが重要
ただ、現在のIT業界のように目まぐるしく競争環境が変わる業界では、ポーターの競争戦略や「ファイブ・フォース」だけでは、適切な戦略が描き切れないのも事実です。
ただし、経営学では様々な経営戦略に資する分析が出てきており、その業界の特性ごとに戦略立案のためのツールも使い分けていくことが重要です。
ポーターの経営戦略の効用と限界を理解して、正しく用いることを心がけましょう。