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ポーターの「ファイブ・フォース」の本質は何か?
経営戦略分析に興味を持った人のうち、マイケル・E・ポーター「経営戦略論」を読んだ方、あるいは題名だけでも見た方は多いのではないのでしょうか?また本を読んだことはなくても、ファイブ・フォースという言葉を聞いたことがある、あるいはどこかで一度やってみたことがある人はいらっしゃるのではないのでしょうか?
ファイブ・フォースは著名な経営学者であるマイケル・E・ポーターが提唱した、企業の競争環境を分析するフレームワークです。よくMBAや実際の経営企画セクションの現場でもたびたび用いられており、私自身も経営支援の際のツールとして用いたことがありました。ただ、実際に自社分析ツールとして作っていただくと、「当り前じゃないか?」「インプリケーションがない」などの意見を頂戴することもあります。
ただ、そうした意見が出てくる方の多くは、「ファイブ・フォース」というフレームワークが生まれた経営学の理論的な背景がなにかを理解していないがゆえに、「ファイブ・フォース」分析をうまく使いこなしていない、あるいは、「ファイブ・フォース」分析に対する過大な期待があることが要因と感じています。以下では、「ファイブ・フォース」の概要を確認したうえで、経営学でどういう議論が背景にあったのか、また「ファイブフォース」の使い方はどうあるべきか、を整理していきたいと思います。
なお、ポーターの経営戦略論は経営学を初めて学ぶ人にもわかりやすく、ポーター自身がコンサルティング会社の経営をしていたこともあり、実践的な内容になっています。ぜひご一読されることをおススメします。
「ファイブ・フォース」をまず確認しよう
まずは「ファイブ・フォース」を整理していきましょう。ファイブ・フォースというのは名前の通り、5つのフォース(脅威)で、その脅威の度合いで産業の収益性が規定されるというものです。5つのフォースは以下の通りです。
①同業他社との競争関係:企業数が多く、かつ差別化が難しいほど価格競争が激しくなり収益性が低下
②新規参入のしやすさ:参入障壁が低いと、収益性がもともと高くても新規参入が増え、結果的に収益性が低下
③買い手(顧客)の交渉力:顧客が自由に購入先の企業を選べるほど、顧客の交渉力が高まり、収益性が低下
④売り手(調達先)の交渉力:売り手が選べないほど、交渉力が強くなり収益性が低下
⑤代替製品の存在:代わりになる製品・サービスが多いほど、競争が激しくなり収益性が低下
5つのフォース(脅威)がどの程度なのかを整理することで、その業界の競争環境をおおよそつかむことができるというのがこのフレームワークの特徴です。
よく利用される例としては、現在所属している業界の競争環境の整理や、新規参入を検討している業界の収益環境分析などによく用いられたりします。
例えば、自動車業界を例にとってみましょう。従来の自動車会社の分析だと、①同業他社については、日本では自動車会社は10社程度で、寡占とはいえないまでも、ものすごく激しいわけではないと考えられます。②新規参入は設備投資コストや自動車の安全性のノウハウから参入障壁はそれなりに高いといえそうです。③買い手は個人が多いですので自動車メーカー10社から選ぶということで競争環境は中程度でしょう。④売り手となる部品会社の多くは下請け会社が多く、完成車メーカーが優位です。最後に⑤代替製品は電車などがありますが、電車でいけない場所などがあることも踏まえると、電車は完全には代替にはなっていなそうです。
以上を考えると自動車業界は業界内の競争はあるが、それなりに産業の収益性は保たれるという評価になります。ただ、足元聞こえてくる自動車業界の収益性の話は必ずしも明るい話ばかりではありません。それはなぜでしょうか。後程述べるように、踏み込んだ分析が実は必要になってきます。
「ファイブ・フォース」の思想の背景を知ろう
ファイブ・フォースは以上のように「産業の収益性」を整理するためのフレームワーク(≒ツール・道具)ですが)、ツールをうまく使いこなすには、フレームワークが生み出された背景を知っておくことが実は大事です。ファイブ・フォースのスタートは実は経済学に理論的基礎があります。
経済学というとちょっと後ずさりしてしまう人もいらっしゃるかもしれませんが、実は考え方はシンプルです。経済学というのは極端な世界観(単純な世界)を描いて、そこから条件を付けて実際の経済に近づけていくというアプローチをとることが多いです。
その一つにミクロ経済学における「完全競争と独占」があります。「完全競争」とは無数の企業が参入していて、参入障壁もなく、商品の差別化もできない場合完全競争になり、利益はゼロになります。一方全く逆なのが「独占」です。独占は名前の通り企業は1社だけ、参入障壁は高く、商品も差別化が図られており、利益は最大になります。
実際の世界は完全競争と独占の間にあるわけですが、このような差異がどうして生まれるのかに注目し、経営学の産業組織論で分析・深化していきました。経営学の視点では「どうやって独占に近い産業あるいは企業が生まれるのか」が重要なテーマになるわけですが、その点で特に注目されるのが「参入障壁」です。
「参入障壁」がどうして生まれるかは様々な切り口があるのですが、特に当初注目されたのが「規模の経済」でした。規模が大きくなるほどコスト減が図られるので結果として参入障壁になるというものです(自動車業界ももともとその要素があります)。
ただ「参入障壁」は必ずしも産業だけではなく、企業グループや個別企業にもあるわけです。それをどう実現するかというと「差別化」です。「差別化」により業界の中でも、さらに「参入障壁」が発生し、特に収益的の高い企業が実現するわけです。その点を指摘したのが、先ほど申し上げたポーターです。(あえて見る必要はありませんが、より詳しく知りたい方は英語ですが、当時の論文をみてみましょう("From Entry Barriers to Mobility Barriers”(Caves & Porter,1977))
こうした「差別化」「参入障壁」と、産業・企業の収益性の関係に正の相関があることが、ファイブ・フォースのフレームワークの背景になっています。言い換えれば、ファイブ・フォースはどれだけ業界の参入障壁が高いか、低いか、企業が差別化を図れているのかを見るための一つの切り口であるわけです。では、振り返ってファイブ・フォースをどう適切に活用していくべきなのでしょうか?
ファイブ・フォースの切り口(1)業界を広くとらえてみる
ポーターの指摘は産業としての競争優位性(参入障壁)だけでなく、企業としての競争優位性(差別化)が非常に重要になるということでした。言い換えると、そもそもファイブ・フォースを作って分析するときには、一つの産業の枠組みだけで作っても、正確な実態は見えてこないということになります。産業を広げて、あるいは狭めてみることによって、シンプルなファイブ・フォース分析では見えなかったものが見えてくるわけです。
さて、それでは先ほどの自動車業界については、まずは業界を広げて分析してみましょう。
まず従来の自動車会社の分析だと、①同業他社については、日本では自動車会社は10社程度ですが、実はグローバルには欧米また中国・インド等の新興国を含めれば多くの企業がいるわけです。企業はグローバル競争をしていますから、実態はより競争が激しい可能性があります。
次に②新規参入ですが、もともとは設備投資コストや自動車の安全性のノウハウから参入障壁はそれなりに高かったのですが、最近では電気自動車などシンプルな構造の車が出現し、様々な企業が参入しています。またgoogleのようなプレイヤーが自動運転を切り口に参入しています。
③買い手も顧客がグローバルととらえれば、それぞれの地域で競争があるわけです。
④売り手となる部品会社の多くは下請け会社が多く、完成車メーカーが優位であったわけですが、電動化が進む中で、多数の自動車メーカーに販売するBoschのようなグローバルサプライヤーが出現しています。実はそうした企業には、自動車メーカーがむしろ言い値で買わざるを得なくなっているわけです。
最後に⑤代替製品ですが、商品で言えば電車でしたが、実はカーシェアリングでそもそも車を買わなくてもよいサービスが普及しつつあるわけです。さらに、テレワークの進展、amazonのような配送の普及で買い物も別に車がなくても生活できる環境が整いつつあります。
さてどうでしょうか?定型的な分析から業界の枠組みを広げて考えると、自動車業界を巡る競争環境は非常に厳しそうです。
ファイブ・フォースの切り口(2)企業単位で狭くとらえてみる
さて次に、ファイブフォースを狭くとらえてみましょう。自動車業界最大手のトヨタで見てみます。企業単位で見るときのポイントは、同業他社と比べて、5フォースが相対的に強いか、弱いかです。
まず①同業他社は、トヨタは国内シェア5割弱でそれだけで言えば寡占といえなくもありません。コストメリットなども考えれば自動車の中では相対的に競争優位といえるかもしれません。
次に②新規参入ですが、トヨタの競争相手としては、電気自動車メーカー、googleのようなプレイヤーが自動運転を切り口に参入しているという点は引き続き脅威でしょう。
③買い手も同様に競争があるわけですが、コスト面や安全性、ブランドの観点で、トヨタを購入した人はまたトヨタを買う傾向が強いといわれています。その点では相対的に買い手を抑えて居るという意味では強みかもしれません。
④売り手となる部品メーカーは「ケイレツ」とよばれる企業群を持っており、同企業に対しては圧倒的な価格交渉力を持っています。また技術開発にも相当な投資を行っており、その結果グローバルサプライヤーにも一定の交渉力を持っていると考えられます。
最後に⑤代替製品ですが、こちらは他社と同様にカーシェアリング、テレワークの進展、配送普及などの脅威はトヨタも同様にありそうです。
つまり、トヨタの場合は①同業他社、②買い手、③売り手はほかの企業と比べ、優位といえそうで、他社対比の収益性の高さに繋がっているとみられます。一方②新規参入や⑤代替製品は大きな脅威にさらされていそうです。
ファイブ・フォースの切り口(3)現在ではなく将来を考える
最後に、将来(例えば10年後)どうなるかという視点で、見ていきましょう。現在ではなく将来どうなるかを考えることは戦略を立案する上でも有効です。
まず①同業他社は、10年後どうでしょうか。既存のプレイヤーはM&Aで集約される可能性はありますが、一方で電気自動車メーカーやgoogleなどのプレイヤー参入で競争は引き続き厳しいかもしれません。
次に②新規参入ですが、電気自動車が普及し非常にシンプルな構造になれば、ある意味製造が誰でもできるようになり、プライベートブランド(セブンイレブンカー)のようなものが出てきてもおかしくありません。電機業界では、中国製のプライベートブランドが乱立し、収益が大きく悪化したことが発生しました。
③買い手はどうでしょう。10年後はカーシェアリングが一般的になり、個人への販売は限定的になるかもしれません。その場合自動車メーカーはも販売戦略を大きく変えることを余儀なくされるかもしれません。
④売り手となる供給先も電気自動車が当たり前になり、その部材をグローバルサプライヤーから購入するようになると、競争劣位になり価格交渉力を失う可能性があります。
最後に⑤代替製品ですが、飛行機がもしかしたら自動車と同じ値段で売っているかもしれません。その場合、競合相手は電車ではなく飛行機かもしれません。
ファイブ・フォースのポイント:複層的にみることで、戦略構築の前提に活用する
いかがでしたでしょうか。自動車業界を例にファイブ・フォースの背景、活用の仕方を説明してきましたが、ポイントは「産業」ということに縛られすぎないことです。
ポーターの経営学での理論のポイントは産業障壁だけではなく、企業グループあるいは個別企業の差別化が重要というところにあります。
複層的に、あるいは時間軸を替えてファイブ・フォースを行うことで、乾いた分析では見えてこなかった本当の課題が見えてくるようになり、戦略検討にも生かせる形になってきます。
このアプローチは経営戦略を立案する側だけではなく、資産運用の際にも非常に有効です。型にはまりすぎず、ぜひ有効に活用してみましょう。