経営のヒント

「成功にはまず行動(トライ)が大事」「成功は失敗のもと」を論理的に理解する~認知心理学に学ぶ経営のヒント(カーネギー学派の企業行動理論)

イノベーションをいかに起こしていくか、そのために企業はどう変わるべきなのか?というのは経営者が常に抱える課題です。

入山章栄「世界経済の経営理論」によれば、イノベーションや組織学習のメカニズムは、認知心理学をベースにした米国カーネギー学派の企業行動理論(入山氏は「マクロ心理学」と呼んでいます)である程度説明が可能になるとしています。

カーネギー学派の源流はカーネギーメロン大学のハーバード・サイモン、ジェームズ・マーチ、チャード・サイアートの3人です。3人の分析に通じる「企業行動理論」から経営のヒントを得ましょう

目次

企業は完全に合理的な行動はできない(限定された合理性)

企業がなんらかの判断(例えば投資の判断)をするときには、外部環境や自身の能力などを踏まえ、ベストな選択をしようとします。このことを経済学では「合理的な意思決定」と呼んでいます。

ただ、判断をした時点では正しいと思っても、後で振り返った時に「やっぱりあの時やめておけばよかった・・」ということは多々あります。なぜそういうことが起きるのでしょうか?

カーネギー学派の経営学では、合理的意思決定には「すべてのことが認知できている(認知の無限性)」という前提があるが、それは現実的ではないとしています。

ハーバード・サイモンは代表的な著作である1947年の「経営行動(Administrative Behavior)」という書籍の中で、「限定された合理性(Bounded rationality)」と呼んでいます

とりあえずわかる範囲でまず行動し、認知を広げるのが重要

先ほどもふれたように、古典的な経済学では、意思決定の時に「認知している(すべての状況がわかっている)」としており、最も合理的な(利益を最大化する判断)を選ぶとしています。

ただ現実には人や組織の認知には限界があります。たとえばアジアの進出を考えた時にどの国が自社にとってベストか?というのを考えてみましょう。単純に考えれば市場が大きい中国、インドだけど、カルチャーとして合いそうなのはシンガポールかしら、などと日本で手に入る情報で判断することはできます。

現実には「アジアに行ってみないとわからない」ことが多いわけです。つまり、認知に限界があるわけです(「限定された合理性))。とすると、重要なことは「現時点で分かっている情報の中で満足できる選択(サティスファイシング)」をし、「行動した結果として新しい選択肢が見える」というプロセスが大事になってきます

イノベーション・組織学習で「まずトライする」の背景にはこうした、認知心理学のベーシックな考え方が背景にあるわけです。

入山章栄「世界標準の経営理論」では、ホンダの例を挙げています。ホンダは1960年代に米国のオートバイ市場に参入し大成功しました。当時の戦略分析を著名なコンサルティンググループであるボストン・コンサルティンググループの分析結果では、「ホンダは日本で大量生産をおこなって低価格・小型オートバイという新しい市場を作った」と書いています。きれいなシナリオですね。

が、現実はそうではないようです。スタンフォード大学のリチャード・パスカルはホンダの幹部にインタビューを行ったところ、「実際には、米国でとりあえず進出」する以外の戦略はなかったということです。

ホンダは最初は大型バイクのセグメントで参入しようとしたのですがうまくいかなかったそうです。しかしその後現地調査を進めると、日本から持ってきた小型バイクを乗り回している米国で人がいて、実際に販売したら大成功したというわけです。

いかかでしょうか?どちらが真実ということはないのですが(結果としてはボストンコンサルティンググループの見立て通りになったので)、この成功にいたるまでのプロセスに着目したのがカーネギー学派の認知心理学の経営分析です。

成功は失敗の元といわれるのはなぜか?(行動した後の目標設定が次の成功・失敗を分ける)

今申し上げたホンダの意思決定プロセスのスタートは「不満足」にあります。もしホンダが日本での成功に満足していたら、米国への進出を考えなかったでしょう。

不満足であったからこそ、米国進出を検討し、進出したことで成功につながったわけです。ホンダは2輪での成功に満足せず、4輪でも本格的なグローバル展開を行い、成功していくことになりました

こうした組織の意思決定プロセスについて、カーネギー学派のマーチとサイモンが1958年の「オーガニゼーションズ(Organizations)」、4つの観点で示しています(図1)。ホンダを例にとり見ていきましょう。

Point(1)まず行動できるか?

ホンダはもともと日本で事業展開をしていたのですが、自社の現状に満足せず、あえてグローバルに打って出たわけです(①満足度が低い→②探索実施)。もともとの想定とは違いましたが、試行錯誤の結果小型2輪で大きな成功を収めることができました(②探索実施→③業績期待が向上)。ここまでが前段のお話です。

Point(2)一度の成功に満足せず目標水準を高められるか?

ここからが第2のポイントですが、③業績期待から④目標水準と①満足度に線が伸びています。これは、成功の結果③業績期待が高まり、普通に考えれば①満足度は向上します。①満足度が向上すると、あえて②サーチをする必要がなくなるわけです。

ただ、ここで別の考え方をする会社もあります。③業績期待が高まった結果として、4輪事業での成功というさらなる高みをホンダは目指しました(④目標水準を更に高めた)。

そうすると、④目標水準が高まると、現状に不満がむしろ高まり①満足度が下がります。そうすると再び②探索を行い、さらに大きな②業績期待の高まりに繋がるというわけです。言い換えると、一度の成功に満足せず、目標をさらに高めていくことが、成功の秘訣であるということです。

実証研究で企業行動の実態が明らかになりつつある

ここまで企業行動理論のポイントを述べてきましたが、いかがでしょうか?きれいな戦略分析の裏側にある実際のプロセスを知ることは、経営を行う上でも重要な示唆を与えてくれると思います。

こうした理論は様々なデータを用いた実証研究が進んでいます。例えば、Chen(2008)は、1980~2001年の米国製造業のデータを用いて、業績とその目標水準のかい離が大きい企業ほど、がその会社のR&D投資比率(≒①サーチ)が高まるとしています。

一方で、ネガティブな評価もあります。Kim et al(2011)では、1994~2005年のデータを用いて、業績が目標水準を下回る企業ほど、M&Aを実施した際に高値づかみしてしまう(買収プレミアムの増加)傾向があるとしています。

ポイントの2つ目である業績期待と目標水準のかい離は、ネガティブな結果をもたらすこともあるという例です。

行動は一緒なのにこの違いは、個人的には、目標水準の設定が能動的か受動的かにもよるとみています。受動的にギャップ拡大に追い込まれた企業(余裕がない企業ほど失敗し)、余裕がある企業は能動的な成功に結び付いていくのではないか、と思います。

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