競合相手との争いというのは独占企業でない限り、どこでも発生します。問題は「競争相手がいる中で、どういう戦略をとることが正解か?」です。
その時に考えなくてはいけないのが、「自分が動けば、相手も動く」ということです。自分だけ戦略を考えて実行すればよいわけではなく、当然相手も動いてくるわけです。そのことを踏まえて、経営者はどういう戦略をとればよいのでしょうか?
そのヒントはゲーム理論から学ぶことができます。ゲーム理論を学ぶとおのずと出てくる戦略をご紹介しましょう。
目次
生産を増やすかどうかをシンプルな競争で考える(クルーノー競争)
さて、まずは一番シンプルな例として、「生産を増やすかどうか」を考えてみましょう。
下記の図1のように、ある商品についてX社とY社が生産・販売しているとします。その時に現状維持か増産かの選択肢があるとします。そうすると4つのパターンが考えられるわけです(この表は「ペイオフ・マトリックス」と呼ばれています)。図表の中の数値は利益のイメージです。
どちらかが増産すればその分儲かるわけですが(左下か右上)、両方増産すると供給過剰になり利益額は減ってしまいます(右下)。
ではこの時にX社とY社はどうするでしょうか。まずX社とY社が同時に動くケースを考えてみましょう。X社にとってはY社がどう動こうが現状維持よりは儲かるわけです。なので増産を選択します。一方Y社も同様です。
そうすると、結果としては右下のX社、Y社ともに増産(右下)という選択になります。このように最終的に選ばれる結果は「ナッシュ均衡」という風に呼ばれています。
「ナッシュ均衡」になるポイントは入山章栄「世界標準の経営戦略」によれば2つあります。1つは安定的(常にその選択肢が正解)ということです。もう一つは両社にとって最善ではない、ということです。
2点目が特に重要ですが、実はナッシュ均衡である右下のX社とY社の利益合計額(4)は左下や右上の利益合計額(5)よりも小さいです。本来はX社がY社に業務委託して調整すれば、お互いもっといい利益がとれたかもしれません。つまり2社とか3社しかない寡占市場でも競争が激しくなり利益減となる懸念があるわけです。
(増産戦略で負けない方法)ライバルより先に動く
ただ、今申し上げたのはあくまで、X社とY社が同時に動いた場合です。実はどちらかの会社が先に動くと、結果も変わってくることがあります。
図2のペイオフ・マトリックスをみてましょう。先ほどと同様に、ある商品についてX社とY社が生産・販売しているとします。その時に現状維持か増産かの選択肢があるとします。
今回は先ほどより少し複雑です。まずX社は判断する際に、Y社の動きを読みます。X社が動かない環境ではY社は増産した方が得なので、増産してくるだろうと読みます。Y社が増産する場合は、X社も増産する方がましなので、増産という判断をします。
次にY社はどうでしょうか。Y社もまず判断をする際に、X社の動きを読みます。X社は現状判断する方が得なので、増産しないだろうと読みます。X社が増産しない場合は、Y社は増産した方が得なので、増産するという判断をします。
そうすると、結局同時に動いた場合には、X社もY社も増産することになり、図2の右下におちつく(ナッシュ均衡)ということです。
ただ、ここが面白いのですが、X社が先に動いた場合は別です。X社がY社が動くより早く「増産計画」を発表するとします。そうするとY社は増産しない判断の方が適切になります(左下)。
この場合はX社にとってもY社にとっても、同時に動くよりも実はメリットが大きいということになります。いかがでしょうか?「先手を打つ」ことにより自社にメリットを生むということがわかるかと思います。
利益が減るかもと思っても、価格を下げてしまうことは起こりうる(ベルトラン競争と囚人のジレンマ)
次に、価格引き下げ戦略についても考えてみましょう。
先ほどと同様に、ある商品をX社とY社が生産・販売しているとします。その時に現状維持か値下げかの選択肢があるとします。そうすると図3のように「ペイオフ・マトリックス」において、4つのパターンが考えられます(図3の中の数値は利益のイメージです)。
例えばX社だけが値下げすると、X社は市場シェアをとって利益が増える一方、Y社は利益がなくなってしまいます(右上)。一方Y社だけの場合も同様です(左下)。ただ両方が値下げすると利益は現在よりもX社もY社も減ってしまいます。
シンプルに考えればX社、Y社が現状維持した方がましなわけですが、同時ゲームの場合、その選択肢には実はならない可能性が高いです。
なぜなら、X社からみると、Y社は値下げした方がいいはずなので(下の段)、その時には現状維持して利益がなくなるよりも、X社も値下げした方がましなためです。Y社も同様の発想です。結果右下のともに値下げという選択肢を選んでしまうわけです(ナッシュ均衡は「右下」になります)。
このように本来は寡占市場なら儲かるはずなのに、ともに利益を減らす選択肢を選んでしまうことを、ベルトラン・パラドックス、あるいは囚人のジレンマといいます。
(囚人のジレンマを避ける方法)差別化するか、競争相手を信じる戦略をとる
ではこうした値下げ競争を防ぐにはどうしたらよいでしょうか。1つは差別化です。今回紹介したX社が十分な差別化を図っていれば、Y社が値下げしてもシェアを取られないので気にする必要はありません。
ただ、差別化ができなくてももう一つの戦略はあり得ます。それは「競争相手を信じる」戦略です。
「競争相手を信じる」というのがどういうことかといいますと、正確には、「相手の長期的な合理的判断を信じる」というということです。
もうちょっとかみ砕いてみましょう。先ほど申し上げた通り、X社が現状維持だとすれば、短期的にはY社は値下げをするわけです。ここで終わればいいのですが、現実は違って、X社も後から値下げして過当競争になってしまうわけです。
ただそうした過当競争になることを「相手も避けたいだろう」とY社が判断すれば、Y社はあえて価格引き下げをしないわけです。これはX社も同様です(こうした両社の合理的な判断の帰結として価格を下げなくなることを、「フォーク定理」と呼んでいます)。
面白いのは、これはあくまでX社とY社が手を組んでいるわけではなく、両社が合理的な意思決定(戦略)をとった結果であることです。
一見非合理にみえる、合理的な戦略的意思決定を考える
いかがでしたでしょうか?
どうしても戦略を考える際は、自社のポジショニングで考えることが多いですが(それ自体は全く間違いでは二のですが)、ビジネスというゲームには相手がいて、相手も動くわけです。
その相手がどう動くかを観察したうえで、自らのベストな選択を考えるというのがゲーム理論の本質です。
ポイントは、相手も動くことを考えるときに、①先に動くのか、後に動くのか、また②短期間なのか長期間なのか、ということです。
前段のクルーノー競争でふれた通り、①先に動くか後に動くかで戦略の意思決定は変わってきます。先に動くメリットは決定権・主導権を先に握ることで、自分に有利な立ち位置にすることができます(もちろん差別化の観点で言えば、後に動くメリットがあることはありますけれども)
また短期的か長期的かという観点では、「長期的な時間軸」で相手がどう動き、自分がどう動くのか(囲碁や将棋でいうところの2手、3手目を読む)ということが、囚人のジレンマを避ける有効な手段になりうるわけです。
なお、近年の経営学の研究成果については、早稲田大学教授の入山章栄「世界標準の経営理論」がたいへんよくまとっています。関心のある方はぜひご一読ください(820pageもある厚い本なので、電子書籍がおススメです)。