経営のヒント

社内で対応するか外部に任せるかは長い目で見た取引コストで考えるべき~取引費用理論とホールドアップ問題~

どこまでを自社で内製し、どこまでを外注するか、というのは経営をしていく上での大きな悩みになっています。例えば、

・海外進出をしたいけど、海外に子会社を作ろうか、現地企業と合弁会社を作ろうか、現地企業に製造ノウハウを渡して特許料をもらおうか、輸出だけにしようか・・・

・現在物流子会社を抱えているけど、どこかに売却しようか、それとも自社で続けようか・・・

・ITシステムは完全に業者にお任せだったけど、自社で対応した方がいいのかしら・・・

企業の事業範囲をどこまでにするかを検討する上で、軸となるのが経営学でいうところの取引費用理論、つまり取引コストの考え方です。

具体例をみながら、実際の考え方と応用方法を見ていきましょう。

目次

外注先に「足元をみられる」のには理由がある(ホールドアップ問題)

企業の事業範囲を考えるときに、重要なのは外注(アウトソース)にメリットとデメリットどっちが多いかです。その観点で分かりやすいのが企業とITベンダーとの関係です。

企業は情報システムを構築する際に、多くはITベンダーに外注します。ITベンダーは最初は低コストやフォローアップの充実などを売りにしてアプローチします。この時点では企業の方が強いので値段をたたいて契約します(取引コストが低い)

その後ITベンダーは企業向けのニーズに合わせてシステムをカスタマイズします。そうするとそのシステムは複雑になり、しかも自社の人材だけではどういう仕組みで動いているのかわからなくなります。またノウハウはITベンダーの方に蓄積されていく形になります。

そうすると次にメンテナンスの段階では、ITベンターを替えることは難しくなり、高値でも支払いをせざるを得なくなるわけです(取引コストが高い)

経営学ではこの取引コストが高いか、低いかで内製か外注かを決めるべきとされています。また「取引コスト」が高くなるような状況を経営学では「ホールドアップ問題」と呼んでいます。

ホールドアップ問題はなぜ発生するか

越した取引コストの増大(ホールドアップ問題)はなぜ発生してしまうのでしょうか。取引費用理論を発展させたWilliamsonの論文”The Economic Institution of Capitalism"によれば、によれば、いくつかの要因が想定されるとしています(以前は4つの要因を挙げていましたが、早稲田大学の入山章栄教授「世界標準の経営理論」などによれば3つの要因を挙げています)。

①(将来に対する)不確実性

現在の取引契約では交渉優位にあり取引コストが相対的に安かったとしても、外部環境が変化すると途端に交渉力が弱くなったりすることはあります。

もちろん外部環境の先行き事前に読むことができるかといえば、それをふまえて契約を結べばよいのですが、将来は不確実性があり、必ずしも事前に対応することは難しいです。

②取引の複雑性

取引が複雑になればなるほど、取引コストが高くなる傾向があります

複雑性が増すことによる取引のためのコストはもちろんそうなのですが、複雑な取引が結ばれたことによって、その後の代替性が失われることが大きいです。

③資産の特殊性

取引相手がもつ資産が特殊であればあるほど、その相手の方が交渉優位になつので、取引コストが増大してしまいます

ここでいう資産というのは、石油や金のような資源がとれるところが制約されるようなものももちろんありますが、モノや人、ノウハウのようなものも含まれています

こうした3つの条件のいずれか、あるいは複数が成り立つ場合、取引コストが上昇してしまうわけです。例えば前述のITベンターの例は、②取引の複雑性や、③資産の特殊性により取引コストが高くなる典型例でしょう。

高い取引コストを解消するには、内部化が必要

では高い取引コストを解消するにはどうしたらよいでしょうか。非常にシンプルな答えは「内部化」する、つまり自社で内製化することです。

取引費用理論の提唱者とされるロナルド・ロースは1937年の論文”The Nature of the Firm: Origins, Evolution, And Development"で、「企業の存在は、取引コストが高い部分を内部に取り込んだもの」としています。

内部化の方法は様々です。

たとえば人材を登用して自社でできるようにするというのが一番シンプルな例でしょう(先ほどのITベンダーの例でいえば、ITシステム部門を作ってしまう)。問題は取引コスト対比で安く済むのか、むしろ高いのかがポイントになります。

企業ごと買ってしまうという手もあります。M&Aにより会社ごとその機能を買い取ってしまうわけですが、そのコストが取引コスト対比で高いか低いかというのがポイントになります。買収後の運営コストなども検討する必要があるでしょう。(ITベンダーこと買収するわけです)。

また最近外部環境の変化もありますが、標準化という手段もあります。例えばITベンダーの会社ごとのシステムに頼るのではなく、汎用アプリケーションを用いてしまえばよいわけです。

では実際にはどういう手段がベストなのでしょうか??

取引コストとそれ以外のコストのセットで最適解を探ろう

実は内製化にも何パターンかあります。

先ほどの例のM&Aも100%買収するのではなく、一部出資をするだけでも、交渉力は保てるかもしれません。またジョイントベンチャーや提携によりノウハウを共有するというやり方もあるでしょう。

また、先ほどのITベンダーの例でいえば、人材登用をしてIT部門を作ったとしても完全に内製化するには相当大変でしょう。部門を作ったとしても完全に内製するのではなく、ITベンダーがどういう取り組みをしているのかを把握できる人材を配置し、他社へのシフトができるようにするだけでもコスト改善効果は十分に得られるはずです。

近年はITの進展で様々な製品・サービスが標準化してきています。それが意味するところは、標準化した場合は取引コストが低く、かつそれ以外のコストも下がる効果が期待されます

外注か内製かの2択ではなく、その間の中での最適解を探ることが大事です。その検討をする上での考え方の整理として、取引コストの概念を理解しておくと、誤った判断を防ぐことに繋がるでしょう。

なお、近年の経営学の研究成果については、早稲田大学教授の入山章栄「世界標準の経営理論」がたいへんよくまとっています。関心のある方はぜひご一読ください(820pageもある厚い本なので、電子書籍がおススメです)。

-経営のヒント