イノベーションをいかに創造するか?は企業共通の最大の課題です。
経営学でも、イノベーションは一大テーマとして様々な切り口(経済学的、心理学的、社会学的アプローチ)で分析が進められています。
特にイノベーションに関しては、カーネギー学派による認知心理学的アプローチが有名で、イノベーションを含めた組織学習のプロセスを整理しています(ご関心のある方はコチラをご覧ください)。
ただイノベーションというテーマを考えた時に、一番関心が高いのが、どうやってイノベーションを創造するか(知の創造をするか)です。
その知の創造のプロセスを正面から分析したのが、一橋大学の野中教授による知識創造理論です(SECIモデルとも呼ばれています)。
イノベーションがどう生み出されるか?を本質的にとらえた理論で、様々な示唆がある理論ですので、イノベーションに関わる方はぜひ知っていただきたいです。枠組みを簡単に紹介していきましょう。
目次
イノベーションを生み出すサイクルと「知の創造」の位置づけを考えてみる
イノベーションを含めた組織学習はカーネギー学派でサイクルとして描かれています。SECIモデルに入る前に、まずはイノベーションのサイクルを見てみましょう。
イノベーションを生み出す組織学習のサイクルはアルゴーティという経営学者がフレームワーク化しています。さらに、このフレームワークを簡略化したものを早稲田大学の入山章栄先生がまとめています(図1)
イノベーションを含めた組織学習の大きな流れとしては、①サーチ、②知の獲得、③記憶という順番です。今回のポイントである知の創造(イノベーションの創造は②知の獲得の一つに入っています)。
まず企業は①いろいろ試行錯誤(サーチ)することで、新たな発見をしていくというわけです。
次にサーチによって獲得した経験を、実際の知識・知恵に変えていくことが大事です。それが知の獲得であり、その重要な要素が知の創造です。
この知の創造のプロセスを一橋大学の野中先生がSECIモデルで描いています。
人の知識には形式知と暗黙知がある
野中教授の知識創造理論、あるいはSECIモデルは(セキモデルと呼びます)1994年に発表された”A Dynamic Theory of Organizational knowledge Creation"という論文がベースとなっています。
一般の方向けに書かれた本としては、「知識創造企業」という書籍で描かれていますので、ご興味のある方はぜひ読んでみてください。
野中氏は「知の創造」を考えるときに、そもそも「知」には形式知と暗黙知の2種類があることを指摘しました(暗黙知は1960年代にマイケル・ポランニーという学者が「暗黙知の次元」という書籍の中で提示しています)。
まず、①形式知というのは言語化されたもので、話す言葉とか書籍、文書などで示されたものです。一方で②「暗黙知」は文字化されていない、主観的・身体的な経験知をさします。
わかりやすく言えば、暗黙知というのは、例えばスポーツやアートなど、文字で学ぶことには限界があり、見て、盗んで学ぶ必要があるものなどがわかりやすいです。企業経営の世界でも同様に、文字化されてない経験・勘が重要になります。
なぜこの暗黙知が重要かというと、結局イノベーションなどの知を創造するためには、文字だけで学ぶのではなく、この暗黙知の部分を理解し習得することが重要になるからです。
知の創造は暗黙知と形式知を行き来することで生まれる(SECIモデル)
それでは具体的にSECIモデルを見ていきましょう(図2)。
SECIモデルは、イノベーションなどの知の創造は暗黙知と形式知を個人と個人(あるいは組織)との間で行き来することで生まれるというのが大きな考え方の特徴です。
具体的には4つのプロセスを経て知の創造が循環するため、その4つの頭文字をとってSECIモデルと呼ばれています。順番に見ていきましょう。
①共同化(Socialization):暗黙知→暗黙知
まず最初は共同化のプロセスです。これはある個人・または組織の暗黙知を、共同体験や共感・対話でほかの人が暗黙知として共有することです。
暗黙知を共有するためには、言葉や文字での伝達は難しいので、共同体験(スポーツで言えば身体を使って、あるいは一緒に取り組みを行うことで学ぶ)や、共感・対話(理屈ではなく信条や新年といったものを通じて、文字化されていない部分を認知する)ことが大事です。
②表出化(Externalization):暗黙知→形式知
次に表出化のプロセスです。暗黙知を形式知(言葉、文字、図表)などに変えていくプロセスを示しています。
言葉であれば比喩表現を使ったり、例えば仮説(アブダクション)を使ったり、デザイン(図示)することで形式知に変えていくといった具合です。
入山章栄「世界標準の経営理論」では、最近注目が高まっているデザイン思考も、まさにこうした暗黙知を形式知に変える取組であるがゆえに、意義が大きいとしています。
③連結化(Combination):形式知→形式知
表出化により生み出された形式知を「組織の知」としてまとめ(体系化して)、理論や物語によって伝えていく必要があります。
組織の知としては、例えばマニュアルのようなものもありますし、理論化することによって様々な分野への応用が可能です。
ただよりイノベーティブな要素ではマニュアルでは説明しきれない部分が非常に多いです。その観点で重要になってくるのが物語る(ナラティブ)という発想です。
ナラティブ(物語る)というのは、ストーリーと近い面があります。ただストーリーはあくまで過去や現在を語るのに対し、ナラティブはこれから先の未来を描くという点でやや異なります。ビジョンやミッションというのもこうしたところに当てはまると考えられます。
ナラティブなどによって形式知が体系化され、大きなイノベーションに繋がっていくと考えられます。
④内面化(Internalization):形式知→暗黙知
最後は内面化のプロセスです。
連結化によって体系化された形式知を実践していくことで、新しい価値を生み出し、それを組織として暗黙知として体得していく(ノウハウにしていく)プロセスです。
③連結化によって描いたビジョンなどの物語を実践していくことで、新しいイノベーションが実現していく(企業の中ではノウハウとして内面化していく)わけです。
こうした①共同化(共同作業)→②表出化(図示化)→③連結化(物語)→④内面化(ノウハウ)のプロセスによって、イノベーションが個人・企業の中で創造されていくというのがSECIモデルです。
SECIモデルはイノベーションが生まれる過程を正面からとらえている
いかがでしょうか。SECIモデルは表層的なイノベーションの成果を評価したものではなく、イノベーションが個人・組織の中でどのように生まれていくのか、そのプロセスを正面から描いたものです。
こうしたイノベーションのプロセスにおいて、各企業のどの部分が足りないか、促進することができるかを考えていくと、おのずと各企業で足りないものが見えてくるように思います。